知っていきたいデジタルリテラシー【共生と循環】

―「DX」研究会 学習会 ―


キノコの役割と可能性


  • 《講師》俵屋 年彦 氏(たわらや・としひこ)
  • ボランティア団体  VRアートを楽しむ会・創設者
  • アートとテクノロジーの民主化を促進する TAWA LAB 運営
  • コミュニティFM三角山放送局で25年間パーソナリティーを継続中
  • NPO法人 さっぽろ自由学校「遊」で理事と講師

人類に寄り添う食材「キノコ」とは


キノコは縄文時代から食べられてきた身近な食材です。人々は動物とも植物とも違う不思議な生態に魅了されてきました。近年、科学的な研究が進み、キノコの本体である菌糸体の驚くべき実態が明らかになりました。

 

キノコの活動は以下の3種類に分かれます。

  • 腐生菌=落葉や枯れ木、動物の遺骸などを分解し生活しています。
  • 寄生菌=生きた動植物から栄養を奪っています。冬虫夏草などです。
  • 共生菌=樹木の根と共生して、栄養を「やり取り」をしています。

菌根菌は、樹木が光合成で得た栄養分をもらい、菌糸を通じて地中の水分・養分を樹木に吸収させます。樹木の9割が、根に菌根菌を持っています。菌根を持つことで、樹の生長が飛躍的に向上します。菌糸は、酵素を分泌し土の中の物質を分解、リンや窒素を取り込み、樹の根へと運び込ます。どの菌がどの樹と共生して菌根をつくるのかは、ある程度決まっています。菌の種類と樹の種類の組み合わせには、それぞれ相性があります。

 

いろいろな種類の菌類が外生菌根菌となりますが、よく知られているのがマツタケやテングタケ、そしてベニタケ。ブナの森には、特にベニタケ属が多く優先するため、深いつながりがあります。菌根を持った樹木は、その菌糸によって地中で互いにつながりあっています。森全体が無数の菌糸で結ばれているのです。

 

菌糸ネットワーク=樹木から炭水化物を分けてもらった菌根は、地中に張り巡らせている「菌糸ネット」を使って、地中の養分を効率よく吸収し、それを樹木に供給してます。それだけではなく菌糸を利用して樹木同士が互いに栄養のやり取りを行っています。ブナの大樹は、この菌糸ネットで稚樹や幼樹を養っているのです。


「菌類」の使う電気信号は言語に近い


デジタルと共に「DX」研究会:8月学習会資料

英国西イングランド大学(UWE)で行われた研究によれば、4種類のキノコで観測された電気信号を分析したところ人間の言語に似た「単語」と「文」が確認できました。

 

菌類には神経細胞が存在しませんが、細胞同士が脳のニューロンのようなネットワーク構造を形成し、活発な電気信号の送受信が行われています。電気活動を数学的及び言語学的に分析したところ、菌類が使う電気信号は人間の「言語」と非常に似た構造を持っていることが分かったのです。


「菌糸ネットワーク」は地方分権


筑波大学などの研究では、菌糸内のカルシウム濃度変化を蛍光で可視化し、局所的な刺激に応答して菌糸ネットワーク内部でカルシウムシグナルが伝搬する様子を明らかにしました。菌糸内部でのカルシウムシグナルの伝わる範囲がごく狭いこと、刺激を与えた場所でのみ菌糸の成長に遅れが見られたことから、菌糸ネットワークが局所的な反応をしていることが示されました。

 

脳や神経系のような集中制御系を持たない菌糸ネットワークが、局所的なストレスに応答して、局所限定でカルシウムシグナルが活性化されることにより、地方分権型の応答を示すことを明らかにしました。


デジタルと共に「DX」研究会:8月学習会資料

★「Entangled Life 菌類が世界を救う キノコ・カビ・酵母たちの驚異の能力」(マーリン・シェルドレイク著)

 

マーリン・シェルドレイク=1987年生まれ。スミソニアン熱帯研究所のリサーチフェローとして、パナマの熱帯雨林で地中の菌類ネットワークを研究しケンブリッジ大学の熱帯生態学の博士号を取得しました。

 

初めての著書である「Entangled Life」は、2021年の王立協会科学図書賞、米国『TIME』誌の2020年の必読書100選に選ばれました。


序章~地球は「菌類」によってつくられた


デジタルと共に「DX」研究会:8月学習会資料

「菌類は10億年以上そうしてきたように生命のありようを変えている。岩石を食べ、土壌をつくり、汚染物質を消化し、植物に養分を与えたり枯らしたりし、宇宙空間で生き、幻覚を起こし、食物になり、薬効成分を産出し、動物の行動を操り、地球の大気組成を変える。

 

菌類は私たちが生きている地球、そして私たちの思考、感覚、行動を理解するためのカギとなる。」「地球上で起きる大半のできごとはこれまでも菌類の活動の結果だったし、これからもそのことに変わりはない。植物は菌類の助けを借りて約5億年前に陸に上がった。植物が独自の根を進化させるまでの数千万年間、菌類は植物の根の役目を果たしたのだ。

 

今日では、植物の90%以上が菌根菌に依存している。菌根は、「ウッド・ワイド・ウェブ(WWW)」とも呼ばれる共有ネットワークに樹木をつないでくれる。」「今日に至るまで、地上の新たな生態系は菌類によってつくられた。火山ができたとき、あるいは氷河が退行して岩石が露出したとき、地衣類が最初の生物となって土壌を生み出し、その土壌に植物が根づいた。

 

十分に発達した生態系でも、土壌はそれを維持する稠密な菌根組織がなければ雨によってすぐに洗い流されてしまう。海底の厚い堆積物から砂漠の表土、南極大陸の凍結した谷、私たちの腸や多様な窪みまで、地球上には菌類の見つからない場所はほとんどない。」「人間社会は、つねに驚異的な菌類の代謝によって維持されてきた。

 

菌類の化学作用をすべて挙げていくには数か月かかるだろう。ところが、これほど有望で、昔の人は大きな魅力を感じたと思われるにもかかわらず、菌類は動植物に比べて注目を集めることが少ない。もっとも正確な推定によれば、世界には220万種から380万種の菌類がいる。この数字は植物の推定種数の6倍から10倍にもなる。

 

つまり現状では、菌類全体のわずか6%しか発見されていないのだ。私たちはようやく菌類の生活の複雑さを理解し始めたばかりである。」


★キノコは「循環経済」の主役


デジタルと共に「DX」研究会:8月学習会資料
《マッシュルームレザー》

菌糸体から作られた製品は耐久性が高く、生分解性にも優れています。循環経済を構築するための鍵となるのがキノコを原料とする製品。キノコは循環経済の主役となる素材です。

 

マッシュルームレザー=「MYCL JAPAN(マイセルジャパン)株式会社」は国産キノコのみで生成した全く新しいマッシュルームレザーの開発に取り組んでいます。石油由来成分の一部を植物性に置き換えるのではなく、レザーの全てを国産のバイオマス素材で製作することに挑戦しています。

 

代替肉=雪国まいたけは2023年6月20日、きのこを原料とした代替肉の開発に成功し、2023年度中に販売を開始すると発表しました。肉に似た食感から、肉に近づける工程が少なくて済むため製造時の二酸化炭素排出量が大豆を原料とする代替肉よりも少ないです。

 

キノコ建築=キノコを建材にするために、堅い「ブロック」に変身させることが最初のステップとなります。木くずなどをブロックの型に入れて菌糸体を植えつけると、菌が繁殖して成長しブロックを形成します。キノコブロックは、コンクリートよりも硬く軽量。菌糸体は、グラスファイバー断熱材よりも保温性にすぐれているほか、耐火性や耐水性も持ちあわせています。

 


デジタルと共に「DX」研究会:8月学習会資料

菌が生きているあいだにブロックを積み重ねておくと、ブロック同士は一つに結合し耐久性は更に増強します。菌糸エレクトロニクス=電子回路の土台となる基板は、リサイクルできないプラスチックポリマーで作られていることが多いです。

 

使用後は廃棄され、埋立地で何百年間もCO2を排出し続ける問題が指摘されています。霊芝の外皮を乾燥させ強度を試すと、200度以上の高温に耐えること、また絶縁体や導体としても非常に優れた性質を備えていることが分かっています。霊芝の菌組織には優れた絶縁特性があり、高温に耐えられます。

 

電子回路用基板は個々の回路を絶縁し、その上に置かれた電子部品を冷却するため、絶縁特性と高温への耐性が品質の決め手になります。霊芝の外皮に銅やクロム、金などで成膜して金属化し補強すれば回路の基板としても十分に活用できます。湿気や紫外線を遮断すれば、菌糸体由来の基板は数百年は持つ可能性があります。

 

霊芝の外皮が成熟するまでの期間は4週間。菌糸体由来の基板は役目を終えると土壌中で生分解され2週間で消えます。自己修復するロボットの皮膚を菌糸でつくる=2023年1月18日 、スイスのチューリッヒ工科大学(ETH)に所属する研究者は生きた菌を混ぜて3Dプリンタで造形した、自己修復可能なロボットの皮膚の開発手法を提案しました。

 

造形したロボットの皮膚は、霊芝と呼ぶキノコの菌糸を充填させたハイドロゲル(水を内部に含む物質)。ハイドロゲルに菌糸体を植え付け菌糸体インクを作ります。インク内に分布する菌糸は、印刷したオブジェクト内の真菌細胞が相互接続したネットワーク(コロニー)を形成します。


★石油文明(大量生産大量廃棄)とキノコ文明(分散連携共生循環)


分解されずに堆積し後に石炭や石油になった植物の遺骸は、木材の主成分リグニンを分解する力を持つキノコの登場で分解されるようになり土が生まれ、新しい生態系の時代に進みました。そして今、キノコの力を理解し有効に活用することで石油文明からキノコ文明へと移行しつつあります。